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【世尊時有能】

生年月日:未詳

​年齢:未詳

​干支:未詳

星座:未詳

時代:鎌倉時代、建武の新政、室町時代(南北朝時代)

名前:世尊時有能(セソンジアリヨシ)

 

関連氏族:中臣氏一門、藤原北家嫡流冬嗣流長良流九条流世尊寺家

父:世尊時経尹(セソンジツネタダ)- 10代目藤原北家嫡流冬嗣流長良流九条流世尊寺家当主

母:未詳

兄:世尊寺行房(セソンジユキフサ)- 11代目藤原北家嫡流冬嗣流長良流九条流世尊寺家当主

弟:世尊寺行尹(セソンジユキタダ)- 12代目藤原北家嫡流冬嗣流長良流九条流世尊寺家当主

姉妹:勾当内侍(コウトウノナイシ)-8代目清和源氏経基流河内源氏系義国流新田氏本宗家棟梁 新田義貞室

●兄・行房は元弘2年/正慶元年(1332年)元弘の変後に天皇が隠岐に流された際にも千種忠顕とともにこれに従った。このため、持明院統・光厳天皇は大嘗会で用いる悠紀主基屏風色紙形を用意できなくなってしまった(色紙形は世尊寺家の当主が記すのが故実とされていた)。

●このため、行尹ら世尊寺家の一族の人々のものを代用せざるを得なくなったという

●兄・行房は建武政権崩壊後、尊良親王・ 恒良親王・新田義貞・新田義顕 らと共に南朝軍を率いて北陸地方に向かうが、金ヶ崎城落城時に自らの命を絶った。家督は行尹が継承した。

●後世、藤原行成・世尊寺行能とともに世尊寺流の三筆と称された。

●九条流の嫡流であった摂政藤原伊尹の孫行成を祖とする和様書道の流派。

●藤原行成が晩年母の里方の代明親王の邸宅だった桃園第に隠棲し、邸宅内に世尊寺を建立、その子孫が代々そこを住居としたため「世尊寺」の家名が成立した。

●世尊寺の家名で知られるのは、初代藤原行成から8代​目世尊寺行能以後とされる。

【妻:未詳

生年月日:未詳

​年齢:未詳

​干支:未詳

星座:未詳

時代:鎌倉時代、建武の新政、室町時代(南北朝時代)

​父:未詳

母:未詳

男子:世尊寺行忠(セソンジユキタダ)- 13代目藤原北家嫡流冬嗣流長良流九条流世尊寺家当主

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