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5代目太政大臣

【舎人親王】

5代目太政大臣:720年(養老4年)〜735年(天平7年)​

生年月日:676年(天武天皇5年)〜735年12月2日(天平7年11月14日)

年齢:60歳

干支:丙子年

星座:未詳

時代:飛鳥時代〜奈良時代

名前:舎人親王(トネリシンノウ)

   崇道尽敬皇帝(スドウジンキョウコウテイ)

 

関連氏族:皇族

父:天武天皇(テンムテンノウ)- 第40代天皇

母:新田部皇女(ニイタベノヒメミコ)

妃:当麻山背(タイマノヤマシロ)
妃:未詳 - 当麻氏の娘

​妻:未詳

●舎人とは、ヤマト王権時代には既に存在した皇族や貴族に仕え、警備や雑用などに従事していた者。その役職なので、本名は別にあるかもしれない。
●没後20年以上たった天平宝字2年(758年)に、第7王子の大炊王が即位(淳仁天皇)するに及び、翌天平宝字3年(759年)、天皇の父として崇道尽敬皇帝の諡号を追贈されている。

 

 

【妃:当麻山背】

生年月日:未詳

年齢:未詳

干支:未詳

星座:未詳

​時代:飛鳥時代

名前:当麻山背(タイマノヤマシロ)

   大夫人(オオミオヤ、ダイブニン)

 

関連氏族:当麻氏、当摩氏

父:当麻 老(タイマノオユ)

母:未詳

長男:三原王(ミシマオウ)​- 清原氏の祖

七男:淳仁天皇(ジュンニンテンノウ)- 第47代天皇

​​

●大夫人と尊称されたが、764年の藤原仲麻呂の乱の後、淳仁天皇は突如皇位を剥奪され、上皇号を許されず、「淡路国の公」とされ、配流された。その際、山背は廃帝に従い、幽閉された。
●その後の消息は不明であるが、『続紀』巻第二十六に描かれた、765年(天平神護元年10月)の淡路公の逃亡失敗の際に、亡くなっていた可能性もある。

●当麻氏は、日本の古代氏族。中級官人と大和高田城を中心とする平田党武家とに分かれた。武家は高田氏とも名乗り、菊一文字の紋を使用したが、明治期の菊花紋章禁止令により丸に剣片喰紋に変更して今に至っている。この影響で、中世の通字は「為」であったが、名前に〇一など、一の字をつける子孫が多い。当摩とも表記される。

●垂仁天皇の時代に勇名をはせたと伝わる当麻蹴速が始祖とされる。

当麻山背
舎人親王.jpg
当麻氏の娘

【妃:当麻氏の娘】

生年月日:未詳

年齢:未詳

干支:未詳

星座:未詳

​時代:飛鳥時代

関連氏族:当麻氏

父:未詳

母:未詳

三男:船王(フネオウ)

●当麻氏は、日本の古代氏族。中級官人と大和高田城を中心とする平田党武家とに分かれた。武家は高田氏とも名乗り、菊一文字の紋を使用したが、明治期の菊花紋章禁止令により丸に剣片喰紋に変更して今に至っている。この影響で、中世の通字は「為」であったが、名前に〇一など、一の字をつける子孫が多い。当摩とも表記される。

●垂仁天皇の時代に勇名をはせたと伝わる当麻蹴速が始祖とされる。

不明

【妻:未詳】

生年月日:未詳

年齢:未詳

干支:未詳

星座:未詳

​時代:飛鳥時代

父:未詳

母:未詳

次男:三島王(ミシマオウ)

四男:池田王(イケダオウ)

五男:守部王(モリベオウ)

六男:御浦王(ミウラオウ)

女子:室女王(ムロジョオウ)

女子:飛鳥田女王(アスカダジョオウ)

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